東京地方裁判所 昭和41年(ワ)892号・昭40年(ワ)7223号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告は、外国テレビ映画フィルムのわが国における配給権を取得した者がその外国語台本を日本語に翻訳することを依頼した場合において、翻訳者に対して約定の翻訳料を支払つたときは、翻訳者に生じた翻訳著作権は同人から当然依頼者に移転するという暗黙の合意ないし慣習があつたと主張する。
しかしながら、<証拠>を参酌すれば、次の事実が認められる。
外国から輸入された外国語版テレビ映画を放映するに当つては、会話の内容を判り易くするために、外国語による会話を日本語に吹替えて放映する傾向が次第に増加しつつあるが、このため外国語版テレビ映画の輸入者であるテレビ放送局、テレビ映画配給業者等は、翻訳者に依頼して外国語の台詞を適当な日本語に翻訳してもらい、声優を使つて録音テープに吸込み、日本語版のテレビ映画を製作している。
ところで、このようなことが行われはじめた初期の段階においては、日本語版テレビ映画の製作者であるテレビ放送局、テレビ映画配給業者は、一般に翻訳された台本を自己の製作する日本語版テレビ映画の録音テープを作るための一素材としか考えず、このような翻訳物が独立の著作物となるとは観念していなかつた。そこで、翻訳者に対し一旦翻訳料の支払をしてしまえば、最早録音テープの放送ないし配給等につき、その都度翻訳者から翻訳著作権の使用を理由として使用料を請求されることがあるとは思つてもみなかつた。こうして、日本語版テレビ映画の製作者は、その録音テープの放送ないし配給の際、いちいち翻訳者に対し既に支払つた翻訳料とは別に翻訳著作権使用料名義の金員を自発的に支払うことはなかつた。
しかし、その後日本語吹替の例が増加するにつれて、数ある翻訳者のなかには、翻訳料は翻訳の手数料であるほか、せいぜい翻訳依頼者である放送局がこれを使つて録音テープに吹込み自ら放送し、テレビ映画配給業者がこれを使つて録音テープを作成し、特定のテレビ放送局に配給することを許諾する対価の意味をもつにとどまり、したがつて、たとえ翻訳料の支払があつても、翻訳著作権は依然として翻訳者の手中にあるから、放送局が再放送を行い、テレビ映画配給業者が他のテレビ放送局に配給する場合には、この著作権を使用するものとして使用料を支払わねばならないと主張する者が出て、自己の翻訳物に基き製作された日本語版テレビ映画の録音テープを放送しているテレビ放送局等に対し翻訳著作権の使用料を請求し、その支払を受けるに至つた。
このように翻訳者が翻訳料のほかに翻訳著作権の使用料を請求して放送局等からその支払を受ける事例は、その後年を追つて増加の傾向を示しつつあり、原告が被告に対して本件フィルムの英会話部分の翻訳を依頼したのは、あたかもこのような時期に当つていた。
こうしたところから、原告は、当時まだ被告が翻訳物につき著作権を取得することを明確に認識せず、そのため被告に対して翻訳を依頼するに当つては、被告との間に、著作権の帰属について特別に約束を交わさなかつた。ところが、被告は、その頃次第に行われ出した事例に鑑み、翻訳物につき取得した著作権自体は依然として自己にあるので、この翻訳物に基き製作される録音テープを放送ないし配給する者に対しては、後日著作権使用を理由として使用料の支払を請求すれば、その支払が受けられるのではないかと期待していた。
以上に認定した事実によれば、被告は、本件翻訳台本について翻訳著作権を取得したが、原被告間において原告主張のような著作権移転の合意はまだ成立していなかつたと認めざるを得ない。また、原告主張のように翻訳依頼者において翻訳料を支払いさえすれば、翻訳者の取得する翻訳著作権が翻訳依頼者に移転するという商慣習が当時存在したとはいうことができない。(古関敏正 吉井参也 小酒 礼)